医者をしている友人から「花見に行きませんか」というお誘いがきた。
いやいや、ちょっともう遅いんじゃないか。とっくに葉桜になっているだろう。のんびりしすぎなんじゃないか。
と、おもったら、どうやら花は花でも「ケシの花」を見に行くのだという。
ケシの花!? アヘンやモルヒネの原料として有名な、あのケシ!? そんなのが見れるの!?
しかも、友人が麻薬についての解説もしてくれるとのこと。これは気になる! めちゃめちゃおもしろそうじゃないか。
さっそく参加の旨を伝え、その日を待ちわびることになったのだった。
ケシの花を見に行こう
やってきたのは東京都・東大和市駅。
我が家からは4回の乗り換えの末、片道2時間もかかった。もはや日帰り旅行である。
遠方ゆえに早めの行動を心がけていたので、集合時間の40分も前に着いた。このはやる気持ちが皆に伝わるというものだろう。
なお、のんびりと昼食を食べていた結果、無事に遅刻した。
さて、今回のツアーを企画してくれたテクノ アサヤマさんは、緩和ケアを専門とする医者で、本業のかたわらライターもしている。
患者さんの痛みを取り除くことを目的とする緩和ケアでは、鎮痛剤として医療用麻薬もしばしば使われるとのこと。緩和ケア医はいわば、医療用麻薬のスペシャリストである。
「Bさんお久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします! たのしみです!」
『東京都薬用植物園』は、東大和市駅から約3分のところにある。(信号待ちの時間を含む)
「駅からのアクセスが良い植物園ランキング」暫定一位である。めっちゃ近い。
しかもこの東京都薬用植物園、なんと無料で入場できるのだ。
「さて、まずはヒマラヤの青いケシを見ましょう」
「ほう」
ヒマラヤの青いケシを見る
建物に向けて足を進めていくと……。
園を挙げてのケシ推しがすごい。
青いケシに合わせて文字や矢印まで青色にする徹底ぶりだ。
「へぇ~! ケシの花が青いとは知りませんでした。この花からモルヒネが取れるんですね!」
「いえ、このケシは麻薬成分を含まないため、規制の対象にはなっていません。ケシにも色々種類があるので。花の色にもバリエーションがあります」
「へぇー、ひとくちにケシって言ってもいろいろあるんだなぁ。」
このヒマラヤの青いケシは、耐暑性が弱く栽培は簡単ではないそうだ。高地で短期間しか咲かないために「幻の花」とも呼ばれているのだとか。規制がないといっても、誰にでも育てられるようなものではなさそうだ。
さっそく行ってみることにしよう。
「ヒマラヤの青いケシ」とひとくちに言っても、種類はひとつではないらしい。
左が代表的な種の「メコノプシス・ベトニキフォリア」、右が大きな花を咲かせる「メコノプシス・グランディス」。
「青いケシにも色々種類があるんです。花の色も大きさもちがっていて、おもしろいと思いませんか?」
「ほんとうだ。わたしは左の淡い色のやつがすきだなぁ。ところで、隣に植えてある植物が気になるんですが……」
「ああ、あれはトリカブトですね。草全体に毒がありますが、特に根がヤバいです」
麻薬成分を含まないケシだから安心、なんておもっていたら、となりにしれっと有毒植物の「トリカブト」が植えてあった。油断がならない。
もしかしたら「タイトルで釣っておいて、けっきょく安全なケシなんでしょ?」なんておもう読者のかたもいらっしゃるかもしれない。だが、安心してほしい。トリカブトが植えてあることからわかるように、この東京都薬用植物園は本気である。
この後、麻薬成分を含むケシも続々と出てくる。
厳重に管理されたケシの花を見る
「次はお目当てのやつを見に行きましょう。麻薬成分を含んだケシです」
「なにやら厳重な柵みたいなのがありますね……」
これが栽培や所持が法律で禁じられている、麻薬成分を含むケシの花だ。この東京都薬用植物園は国からの許可を受け、都内で唯一、合法的にケシを栽培している施設なのだ。
もちろん、とくべつな許可を得て栽培しているので、上部に鉄条網を張り巡らされた二重の柵で覆われ、さらにサーチライトや監視カメラ等で厳重に管理されている。
花の開花時期である5月上旬から中旬にかぎり、外側の柵は開放され、来場者は内側の柵ごしにケシの花を見ることができる。解放期間は2019年は5月2日~18日だったが、年によって前後する可能性があるので、事前に東京生薬協会のホームページで確認しておくのが望ましい。
ケシの花を見に来る来場者はおおく、わたしたち以外にもけっこうな人だかりができていた。
それにしても、花の種類が豊富である。
なお日本ではケシの栽培は法律で規制されているが、海外では法規制のない国もある。
イギリスなどでは園芸品種として、さまざまな品種改良が行われているそうだ。
「かぼちゃ型にふくらんだ緑色の球体を『ケシ坊主』って言います。このケシ坊主を傷付けると出てくる乳液から、アヘンが採れます。それを精製すると、モルヒネができるわけですね」
「なるほど。ケシ坊主は ””黒いしま模様”” があるやつと、ないやつがありますね」
「乳液自体は白いんですが、しばらくすると黒く変色し固まっていくんです。この模様で乳液を採取しているかどうかがわかるんですよ」
「垂れた乳液が固まって縞模様ができる……と」
「最近はモルヒネよりも副作用の少ない麻薬が開発されているんですが、やっぱりよく使われる麻薬はこのケシの花から作られていますね」
緩和ケア医に学ぶ!麻薬の知識
この柵のなかには、ほかにもケシのなかまがいる。
帰化植物の「アツミゲシ」。かつて愛知県の渥美半島で大量に繁殖したことから、この名前がついている。
繫殖力がひじょうに強く、空き地などでしばしば自生していることもあるらしい。こちらもあへん法により所持・栽培が禁止されているため、発見されるたびに保健所の職員や麻薬取締員が抜き取って、埋没処分をしているそうだ。
ハカマオニゲシはすべての部分に「テバイン」という麻薬成分を含んでいて、麻薬及び向精神薬取締法という法律によって栽培や所持が規制されている。
「私がいちばん好きな『オキシコドン』という麻薬は、このテバインからできています」
「いちばん好きな麻薬。」
「もちろん、投薬という意味でですよ! 個人差はありますが、一般的にモルヒネよりも副作用が少ないので。緩和ケアでは病気の痛さや苦しさを和らげるのが大事ですからね」
「麻薬っていうとなんかこわいイメージなんですが、大丈夫なんですか?」
「容量・用法を守って正しく使えば大丈夫です。痛みとのバランスが取れていれば中毒にはなりません。主治医の先生の指示通りに使ってくださいね。ちなみにBさんも麻薬を使ったことがあると思いますよ」
「ええっ!? うそだ!!!」
「市販の風邪薬にも使われる『コデイン』っていう成分も、ケシから取れる麻薬の一種ですからね。麻薬は痛みを和らげるほか、息苦しさを緩和させる作用があるので、意外と身近なものなんです」
「えええ、そうだったんですね……!! いや、でもさっき副作用って言ってたじゃないですか。こわい」
「用量用法を守って使っているなら、問題はありません。しいていうなら、主な副作用は眠くなったり、便秘になったりですね。最初は吐き気を感じることもありますが、慣れれば治まってくることが多いですよ」
「便秘。」
「ちなみに物語のなかの話ですが、名探偵シャーロック・ホームズはモルヒネやアヘンを使っていましたし、便秘だった可能性が高いですね」
ホームズ便秘説は衝撃だったが、現役のお医者さんに麻薬の話を聞かせてもらえるのはおもしろい。
覚せい剤の数十倍もの依存性を持つ強力な麻薬・ヘロインを精製できることでも知られるケシであるが、ちゃんと用量用法を守って使えば役に立つのだ。
なお、ケシとおなじ柵のなかには、大麻取締法により規制を受けている「アサ」も栽培されている。
「これも医療用で使われたりするんですか?」
「『麻薬』というのはケシから作られる薬をはじめとする ””痛み止め”” のことで、大麻や覚せい剤とはちがいます。医療大麻がちょっと話題になってますが、大麻や覚せい剤は、いまのところ日本の医療で使用することはありませんね」
まだまだいるケシのなかま
先述したとおり、麻薬成分を含まないケシのなかまもたくさんある。
こちらは柵の外で大々的に栽培されている「シャーレーポピー」という種類のもの。
「じつは、麻薬成分を含む法規制されているケシは3種類だけなんです」
「規制されていないもののほうが多いんですね」
「ちなみに、ケシの勉強って学校でするんですか? アサヤマさんめっちゃ詳しいんですが……」
「学校でも多少は習いますが、個人的に趣味として学びました。自分が仕事で使っている薬について、もうちょっと知りたいなーって思いませんか?」
「探求心がすごい」
法規制されていないケシの花も満開だったので、いろいろ見比べてみることができた。どのケシも綺麗だなぁ。
ケシだけじゃない東京都薬用植物園の魅力
さて、ここまではケシの花について書いてきたが、この東京都薬用植物園はまだまだ見どころが満載なので、さっと紹介させていただこうとおもう。
敷地のなかはいくつもの区にわけられていて、いっぷう変わった植物を見ることができる。
「クコの実は、杏仁豆腐の上に乗ってるやつですね」
「成分や用途が書いてある案内看板は初めて見た……」
「これは痛風の薬になるやつですね。……Bさんも健康には気を付けてくださいね。将来これのお世話にならないように」
「お医者さんからの真面目な注意だ。はい、気を付けます……」
アスパラガスもあった。見慣れているはずの植物だけど、おまえこんなふうになってたんだな……!
知っている植物や成分のものを見かけると、ついテンションが上がってしまう。
植物園の中はいろんな区域に分かれていて、ここからは有毒植物区。死にいたる植物もそのへんに生えてる。
植物園なので、もちろん勝手に触るひとはいないとおもうんだけど、触れたり食べたりしなければ大丈夫なので安心して見学していただきたい。
でも、しれっと「有毒植物」って書いてあるとちょっと身構えちゃうな……!!
温室に入ろう
「いやー、たのしかった。満喫しました」
「まだ温室が残ってますよ。せっかくだから見に行きましょう。」
「ボリュームがすごい。これでタダなのが信じられない……!」
暖房室は青いケシのあった冷房室とおなじ建物のなかにある。
このなかにもいろんなめずらしい植物があるので、行くことがあったらぜひとも覗いてみてほしい。
アイスでは定番だけど、なにげに見たことのない「バニラ」。においがしないなーとおもっていたら、発酵熟成してはじめてあの香りが出るんだって。へぇー!!
バナナの木。実が成ってなかったのがざんねんだが、こちらも初めて見ることができた。バショウのなかまで、葉っぱのかたちがなるほど、それっぽい。
カカオの木もあった。チョコレートの原料になるのは完熟した実のなかにある種。種を取り出して数日間発酵させたものがカカオ豆なのだそうだ。
チョコレートの原料なのは有名な話だけど、座薬の基剤になっているとは知らなかった。いちいち説明書きが興味深くておもしろい。
温室のなかは寒さによわい植物が一緒になって育てられている。食用のものや薬草、はては毒草まで。
さまざまな植物が栽培されていた。
東京都薬用植物園はおもしろい
「いやー、たのしい。気付いたら3時間が過ぎてました。ご案内と解説どうもありがとうございます!」
「いえいえ。麻薬って言うとどうも誤解されやすいので、こちらこそお話ができてよかったです。読者のみなさんにも正しく使えば医療用麻薬は怖くないよ!主治医の先生と相談して使ってね!とお伝えしたいですね。」
「用量用法を守って正しく、ですね」
「あと、東京都薬用植物園自体もすごくおもしろいスポットなので、みなさまもぜひ遊びにきてください。私は毎年来ていて、今年で3回目になります」
「薬用植物園ガチ勢だ」
東京都薬用植物園の入場料は無料。予約も不要で、ふらっと遊びに来れるスポットなので、みなさまもぜひ遊びにきてみてはどうでしょう。
ケシの花を見れる5月上旬がいちばんの狙い目です。来年は、ぜひキミの目で確かめてみてくれよなッ!!
あっ、なんだかコロコロコミックみたいな煽り文になってしまった。
(おわり)
取材協力:テクノ アサヤマ(緩和ケア医・ライター)
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