映画やドラマで裁判官が「静粛に!」と言いながら、ガベルと呼ばれる木槌を叩くシーンが好きだ。
息が詰まるような法廷の中、議論が白熱して声を張り上げる弁護士や検察官、 思わぬ反証に動揺して荒ぶる被告人や証人、衝撃の事実にざわめく傍聴人らを、一瞬で沈黙させる魔法の木槌、ガベル。
あの質素ながらも厳かな雰囲気はまさしく、どんな時でも厳粛かつ公正に事実と向き合い、毅然とした態度で職務をまっとうする裁判官の象徴と言ってもいい。
私はいつか裁判員制度で裁判員に選ばれた時、公判で核心を突く質問をしまくり、「ご褒美にガベルを叩かせてもらう」という夢を密かに抱いていた。しかし法律事務所に務める友人によると、ガベルはアメリカやヨーロッパ圏の裁判で使われているもので、そのイメージが日本の映画やドラマに輸入されただけらしい。
日本の法廷でうるさくなったら、「静粛にしてください」「次うるさくしたら退席させますよ」の忠告で終わりとのこと。
ガベルは、日本の裁判では使われていないのだ……。
残酷な現実に悲しみつつも、同時に私はガベルの印象強さに感心もしていた。今の日本では裁判に限らず、ガベルを直接目にする機会はほぼ皆無である。それなのに、映画やドラマによって「ガベルを叩く→静粛にしなければならない」というイメージは、我々の中で確かに浸透している。いわゆる「刷り込み効果」だ。
ならば、裁判以外の場面でガベルを叩いても、人々は自ずと静粛にするのではないだろうか。
人間の刷り込み効果の実証、ガベルに秘められた可能性の提示、そして私の「ガベルをめっちゃ叩きたい欲」の実現のため、私は検証を行った。
ガベルは2000円で買える
素朴な疑問として、国内でガベルは売られているのか?
実際に日本の裁判で使われているわけではないし、裁判以外でアレが使われている場面は、オークションくらいしか想像がつかない。仮にガベルが売られていても、少ない需要に反比例して、お値段がえげつないことになるのではないか?
これはもう中古の手頃なガベルが見つかるまで、ハードオフをさまよい続けるしかないのでは……。
という不安は数分で解消した。解決したのは21世紀の4次元ポケットこと、我らがAmazonである。まさかガベルのインフラまで支えているとは……。
値段は平均2000円といったところ。意外とお手頃価格である。ただ、説明欄にちょこちょこ「コスプレ」「小道具」とある点が気にかかった。壊れやすかったり、音があまり鳴らなかったりしたらどうしよう。
念のため、ガベルの本場(?)であるアメリカのAmazonでも、「Gabel」と調べてみた。
値段も質も、日本とそんな変わらなさそうだしいっか。ところでガベルにおける「Amazon’s Choice」の基準は一体何なのだろう。音質とか?
ガベルのスペック紹介
アメリカのお墨付きも貰ったところで、評価が良さそうなものを早速ポチった。届くのは安定の翌日配達。うっかり「ガベル切らしちゃった!」なんてことがあっても安心だ。
そして翌日。待望のガベルとご対面である。
小道具とは思えないほどカッコイイ。思わず口をつぐんでしまうほどの高級感だ。
このエレガントな雰囲気も、人々を静粛にさせるのに一役買っているのだろう。
一通りガベルのビジュアルを堪能したところで、満を持してガベルを叩くことに。
カメラをセットして、いざ静粛!
小柄な外見とは裏腹に、思った以上の大きな音が鳴り響いた。
しかし機械的な冷たさはなく、むしろ「ししおどし」のように、音が胸に染み入るこの感じ。ちょっとやみつきになりそう。
アメリカやヨーロッパの法廷にいる人達は、もしかしたらこの音がもっと聞きたくなって、自ずと静粛にするのかもしれない。
フィクションによる共通認識だけでなく、その外見や機能性においても、ガベルは人を沈黙させることに適していることを実感できた。
さあ、それではここからが本番である。ガベルを使って、いろいろなものを静粛にしていこう。
””静粛祭”” の始まりだ!
ガベルでいろいろなものを静粛にする
1. 生演奏
裁判以外でうるさくなりがちなものの例として、生演奏が挙げられる。
例えばバンド演奏なんかも、盛り上がってきたところでガベルを使えば、カラオケみたいに途中停止できるのではないだろうか。
ということで訪れたのは、都内のとある休業日の中華料理店。ここに集っていた友人達が、ちょうどギターや合唱の経験者だったのだ。
さあ、それでは演奏していただきましょう。曲は映画・耳をすませばの主題歌『カントリー・ロード』です。
高まるボルテージを打ち砕く瞬間を、どうぞお聞きください。
静粛になった。
ギターやボーカルに引けを取らないガベルの激突音。本物の裁判さながらの有無を言わさぬ圧倒力が、「さすがにガベルを叩かれたら静粛にするしかないよね」感を醸し、一瞬で演奏を止めることに成功した。
実験は大成功である。しかし……なんか……
とても気まずい。
やっぱり気持ちよく歌っているところを強引に止められたら、いい気はしないですよね。ごめんなさい。
このままではさすがに申し訳ないので、ガベルをパーカッションに加えて再び演奏してもらった。
おお……結構いい感じである。
叩き方次第で、あの無骨な音がまさかカスタネットのような軽快なリズムに生まれ変わるとは。ガベルはパーカッションとしても使えることが判明した。
結果として静粛とは真逆の働きをしてしまったが、ぼくらのいびつな友情に免じて許して欲しい。
2. 議論系ボードゲーム
次はもう少しTPOに合った場面で使っていこう。やはりガベルは、議論の場でこそ本領を発揮すると思うのだ。
ということでガベルをコートのポケットに忍ばせ、都内の区民館に馳せ参じた。なんでもここでは議論系ボードゲームがプレイされていると聞く。
今回プレイされたのは『マフィア・デ・クーバ』という正体隠匿系のボードゲーム。
マフィアのボスが部下達をそれぞれ尋問し、誰がダイヤを盗んだ裏切り者なのかを推理していくというゲームだ。犯罪組織というアウトローな舞台でも、果たしてガベルの力は通用するのか。
今回ガベルを鳴らすのは、マフィアのボス役であるO君。情報濃度が変に濃いせいで、O君がマフィアのボスなのか裁判官なのか検事なのかよくわからなくなってきた。
一応このゲームの世界観に準拠させるべく、スマホから映画『ゴッド・ファーザー』のメインテーマを流すことに。それだけでO君にボスのような威厳が備わったように思えるのだから、刷り込み効果というのは絶大である。
矛盾点や不確定要素にボスが頭を抱えている中、カメラマンの私はゲームと全く関係ないことで悩んでいた。
場が既に、そこそこ静粛になっているのだ。
以前に私がこのゲームをプレイした時は、ボスと部下との間で盗んだ盗んでないの応酬が繰り広げられており、ガベルタイミングが割とあった。しかし今回は、ボスと部下達が極めて冷静なのだ。ボスが考えを整理している間に部下達が少し談笑することはあっても、場が騒がしくなる気配は一向にない。
このままではガベルがただのインテリアと化してしまう。と、その時……!
「「「カァァンッッッ!!」」」
「いや、音楽の途中で広告が入ってきたから」
あ、そっちですか。
部下の一人が慌てて再生中のスマホを取り、広告を飛ばして『ゴッド・ファーザー』のBGMに戻す。
ボスのO君は思っていた以上に、ロールプレイを全うしてくれていた。ありがとうO君。
その後のボスは、破竹の勢いで裏切り者達を吊るし上げていった。
結局ボスは全ての裏切り者を粛清した。O君お見事!
そしてゲームの勝敗とは直接関係しなかったものの、ガベルは場を一瞬静粛にさせ、かつO君の役作りのサポートもしていた。ガベルも一応、お見事!
3. 実家の犬
ガベルの効果はある程度実証できたので、少し難易度を上げていこうと思う。
次のお相手は、フィクションによる共通認識が通用せず、なおかつ安定したうるささを確実に提供してくれる存在。
そう、実家の犬である。
ガベルと犬。有史以来けっして交わることのなかったであろう両者が、それぞれどのような立ち回りを見せるのか。注目のマッチである。
ガベルを携え、いざ帰省。すると早速、目の前に見慣れた光景が現れた。
結局私は、かわいさに負けて愛犬を5分ほど撫でまわすことに。その間ガベルは活躍することなく、床に放置され続けていた。
まさに「将を射んと欲すればまず馬を射よ」と言ったところか。叩き手が無力化されると、ガベルも共倒れで為す術がなくなってしまうのだ。ガベルの弱点を一発で見抜くとは……我が愛犬、意外にも知将である。もし海外の裁判関係者の中で、自分の話がよくガベルで遮られる人がいたら、ウチの犬を見習って裁判官に初手から甘えてみるのもひとつの手だ。
で、気付けば愛犬はとっくに鳴き止んでいた。
静粛にする大義名分を失ってしまい、私はガベルを持て余していた。
まあ……愛犬の新たな素顔が見れたから良しとしよう。実際ガベルで戯れている間は、愛犬静かだったし。
むしろ私の方が、愛犬のガベルに対する反応を息を呑んで静かに見守ってたし。
もしかするとガベルは、相手がペットの場合、飼い主を静粛にする能力を持っているのかもしれない。
4. スマートスピーカー
最後のお相手は、最新技術がふんだんに使われたクレバーな存在、スマートスピーカーだ。
スマートスピーカーは音声操作が非常に便利なのだが、たまにこちらの声を認識しない時がある。とくに、眠い時に「再生停止!」と次第に声を荒げながら何度も言うのは地味にストレスだ。
そこでガベルの出番である。いま流行りのAI搭載スマートスピーカーなら「ガベルが叩かれたら静粛にする」くらいの機能は、機械学習だかディープラーニングだかで学んでいるに違いない。
手を動かしている時点でスマートスピーカーの利便性を放棄している気がしないでもないが、検証の一環ということで目をつぶっていただきたい。
私が使っているスマートスピーカーは、Amazon Echo。こんなところでもAmazonのお世話になっていた。
それでは参りましょう。
浜田省吾「逃げ出したところ〜で〜♪」
筆者の私「アレクサ。(カン!カン!) 静粛に」
アレクサ「ちょっとよくわからなかったです。ごめんなさい」
浜田省吾「やがて同じこ〜と〜♪」
浜田省吾「口びる〜噛んでも〜♪」
筆者の私「アレクサ! (カン!カン!) 静粛に!!」
アレクサ「ちょっとよくわからなかったです。ごめんなさい」
浜田省吾「涙〜止まらない〜♪」
…………。
浜田省吾「どこへ〜行こうか〜♪」
筆者の私「アレクサ!!! (カン!カン!) 静粛に!!!」
アレクサ「松山千春、青春Ⅱ(セカンド)を再生します」
松山千春「こ〜の胸の中〜♪」
……え? どういうこと?
「静粛に→せいしゅくに→せいしゅんに→せいしゅん2→青春Ⅱ(セカンド)」ってこと?
実験は失敗に終わったものの、恐ろしい事実が発覚した。
遠い未来、AIを法で裁かなければならなくなった時、裁判官がAIを黙らせようとしたら、奴は急に松山千春を歌い出すのだ。それって結構深刻な問題ではないか。Amazon関係者は至急、アレクサのガベル対応を進めていただきたい。
また、お家にAmazon Echoがある方は、ぜひ「静粛に!」と呼びかけてみてほしい。あいつ10回に1回は青春Ⅱ(セカンド)を歌うはずだから。それで嘆願書を作ってAmazonに送りつけましょう。
あのガベルを鳴らすのはあなた
途中いくつかのアクシデントが発生したものの、演奏の場ではパーカッションに化け、ロールプレイの役作りに貢献し、ペットの魅力を引き出し、先端技術の重大な課題を浮き彫りにするなど、ガベルの新たなる活用方法も発見できた。
とはいえガベル本来の機能は、やはり対象を静粛にすることだろう。今回の検証では、裁判以外の場面でも(人間には)効力を及ぼせることが判明した。
もし日頃の打ち合わせやミーティングなどで、ちょっとメリハリをつけたいと思うことがあったら、ぜひともこの魔法の木槌を使ってほしい。きっと最上級の静粛が、あなたの耳に提供されることだろう。
(おわり)
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