【年号予想あり】これまでの年号(元号)250個ぜんぶ振り返ってみた

 

※ 2019/04/01追記
新元号は「令和」と発表されました!!

 

平成も残りあとわずか。

テレビやネットでは「平成を振り返る」特集がこれでもかというほどやっている。

かくいうボクも平成初期生まれのゴリゴリの平成っ子。平成を振り返る系の特集はついつい見てしまう。

 

しかし。

振り返るのは、本当に平成だけで良いのだろうか?

 

西暦でいうと、現在は2018年。年号(元号)制が開始された大化の改新があった645年。

日本には4桁オーバーの、とても長い歴史が積み重なってきたのだ。

 

いっちょここで、平成だけでなく年号(元号)ぜんぶ振り返ってみようではないか!

あとついでに、これまでの年号の傾向から「平成の次の年号」を予想してみるぞ!

 

>>次の年号(元号)予想はこちら<<

 

※ この記事は主にWikipediaの情報に頼っています。細かい西暦や史実には間違いがあるかもしれません

※ 詳しい日本史は山川出版社の日本史の教科書とか見ると良いですよ

※ この記事は、主に12月22〜24日の3日間で書きました。非リアだからこそできる所業

※ 2万字を超えています。クッソ長いです

 

Ⅰ:飛鳥時代

年号制(元号制)が開始したのは、西暦645年(飛鳥時代の大化の改新)から。そしてボクがこの記事を書き始めたのは12月22日(土)の午前0時半から。

ボクはこの三連休、なんの予定もない。だからこんな無謀な記事を書いている。リア充が彼氏彼女とイルミネーション見ながらよろしくやっている中、ボクはこの記事をマクドナルドでひとりシコシコと書く。

……涙が出ないうちにとっととはじめよう。

 

1. 大化(645-650年)

記念すべき年号第一弾の誕生である。

「中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)」と「中臣鎌足(なかとみのかた……かまたり)」がなんやかんやあって、大化がオギャーと産声を上げた。

よし、この調子でどんどん年号を振り返っていこう。 まだ飛鳥時代、先は長いぞ。

 

2. 白雉(650-654年)

2つ目の年号は「はくち」と読むらしい。

ちなみに大化と白雉は同じ孝徳天皇が担当している。今でこそ天皇が代わると年号も変わるが(一世一元の制)、江戸時代以前は同じ天皇が複数の年号を兼任するのは普通だった。

 

3. なし(654-686年)

年号ないのかよ!!!!

3つめにして早くも暗雲が立ち込めた。

孝徳天皇の崩御後、特に年号は制定されなかったらしい。 年号制、あんまり普及してなかったのかな……。

 

4. 朱鳥(686-686年)

天武天皇が即位し、年号制復活。 よかった。

しかし。 この朱鳥という年号、天武天皇崩御のため、西暦686年の8月14日から10月1日しか使われていない。 わずか2ヶ月弱の命。 この時代に10円玉があったら、いまごろめちゃめちゃ価値があがっていたことだろう。歴史上、最も短い年号である。

 

5. なし(686-701年)

また年号ないのかよ!!!

天武天皇崩御後、またしても年号が定められない期間があった。

ちなみに結論からいうと、654-686年と686-701年を除けばすべてちゃんと元号は制定されていた。 よかった、年号制普及してた。

 

6. 大宝(701-704年)

文武天皇が即位し、あと対馬国から金が献上されたことで改元。

金は宝だからね。大宝。

 

7. 慶雲(704-708年)

慶雲。なんかよくわからんけどかっこいいね。

ちなみに途中から文武天皇から元明天皇に代わったらしい。天皇が変わって数年経ってから改元、というのは昔はごく普通だった。

 

8. 和銅(708-715年)

武蔵の国より和銅が献上されたことで改元。

「大宝」のときみたいに、めでたかったんだね。

 

Ⅱ:奈良時代

西暦710年(和銅3年)に都が飛鳥から平城京(奈良)に遷都したことで、奈良時代になったそうな。

○○時代って、べつに年号ごとにちょうど良い区切りになってるわけじゃないのね。

 

9. 霊亀(715-717年)

ようやく奈良時代突入。 まだまだ先は長いぞ。 早くもボクは疲れてきたぞ。

てか、さっきから年号変わるの早すぎない? 霊亀とか、2年しかもってない……。 もっと頑張って……!

 

10. 養老(717-724年)

よーしよしよし、今度は7年もった。

よく頑張った、よく頑張ったよお前! その調子でどんどん長くしていこう!

 

11. 神亀(724-729年)

おっと、今度は5年か。

いやまあ、焦らずやっていこう。 お前ならできる! もっと長い年号任せられるよ!

ちなみにこの時は白い亀を献上されたから改元したらしい。 金といい和銅といい、昔は珍しいものもらったら改元する風習があったようだ。

 

12. 天平(729-749年)

20年!!! よくやった、よくやったよお前……!

ちなみにこのときも、亀を献上されたことで改元したらしい。 昔の人は亀大好き。

あと743年に墾田永年私財法が作られた。

 

13. 天平感宝(749-749年)

と思ったら1年ももってないいいいいいいいい!!!

ああ……20年はちょっと頑張りすぎちゃったからね。 しょうがないね。 時には息抜きも大切だよ、うん。

このときは陸奥国から黄金を献上されたため改元。 金か亀があれば改元されるんだなあ。

ちなみに初めての漢字4文字年号である。

 

14. 天平勝宝(749-757年)

みなさんお気づきだろうか。729年から「天平」シリーズが開始している。

「天平」って言葉が気に入ったのかな? そういうときあるよね。

ボクも一度ハマるとひたすらそればかり食べてることがある。 最近は毎朝、豆乳割りソイプロテインを飲んでいる。 豆だらけ。

 

15. 天平宝字(757-765年)

天平シリーズ4作目。

この時は蚕(カイコ)が「五月八日開下帝釋標知天皇命百年息」という文字を書いたため改元したらしい。 ホントかよ。

 

16. 天平神護(765-767年)

天平シリーズ5作目。

残念ながら天平シリーズはここで打ち切りとなってしまった。 売り上げ不振だったのかな……。

 

17. 神護景雲(767-770年)

と思ったら新シリーズ「神護景雲」が開始!! 名前がめちゃめちゃかっこいい!! 「天平神護」から後ろ2文字をとり、一大リニューアルして爆弾リリースである!!

……しかし、残念ながら3年しか続かなかった。

ちなみに漢字4文字の年号は、後にも先にもこの5回のみである。

 

18. 宝亀(770-781年)

またしても白い亀が献上されたことで改元。

やっぱ亀大好きなんだね。

 

19. 天応(781-782年)

美しい雲を見たから改元。

ちなみにこの時は1月1日の元旦の改元であり、日本の歴史上唯一らしい。 こういう問題、高校生クイズとかで出そうだな〜。。

 

20. 延暦(782-806年)

桓武天皇即位による改元。

24年という、久しぶりの長期政権である。ちなみに昭和、明治、応永、平成、に次いで5番目に長い年号である。 逆にいうと、このくらい長い元号はかなりレアということだ。

……まだ806年。先が思いやられるぞ。

というわけで奈良時代終了。 続いては平安時代に突入だ。

 

Ⅲ:平安時代

西暦794年(延暦13年)に平城京から平安京(京都)に移されたため、平安時代と呼ばれているらしい。 ちなみに当時から平安時代と呼ばれていたわけではなく、ぜんぶ後付けだ。

いずれ明治以降も、まとめて「○○時代」と呼ばれる日がくるかもしれない。

 

21. 大同(806-810年)

平城天皇が即位したことによる改元。

平安京に来た瞬間に平城天皇があらわれるとは。 ややこしや。

 

22. 弘仁(810-824年)

大きな地震があったらしい。

 

23. 天長(824-834年)

淳和天皇即位による改元。 それ以外はとくになし。

 

24. 承和(834-848年)

ハレー彗星が地球に接近したり、伊豆諸島神津島の天上山が噴火したり、信濃国と伊豆国で大きな地震があったりと、何かと天災まみれな年号。

 

25. 嘉祥(848-851年)

白い亀が献上されたことによる改元。

平安人もやっぱり亀大好き。

 

26. 仁寿(851-854年)

にんじゅ。人徳があって長生きする的な意味らしい。

 

27. 斉衡(854-857年)

良い感じの水を献上されたことで改元。

水でも良いのか。

 

28. 天安(857-859年)

白い鹿と木が献上されて改元。

何でもありか。

 

29. 貞観(859-877)

富士山をはじめとしたいろんな山が噴火。くわえて地震や津波の被害、政治面も大混乱の年号だったそうな。

 

30. 元慶(877-885年)

がんぎょう。声に出して読みたい日本語 第372位。

 

31. 仁和(885-889年)

にんな。声に出して読みたい日本語 第1242位。

 

32. 寛平(889-898年)

余談だが、「年号」と「元号」はほぼ同じ意味らしいぞ。 ほぼ、ね。

 

33. 昌泰(898-901年)

しょうたい!ショータイ!Show Time!Yeah.

 

34. 延喜(901-923年)

久しぶりの20年オーバーの年号。 エンギがいいですねぇ(?)。

ちなみに延喜5年のときに紀貫之が『古今和歌集』を作った。

 

35. 延長(923-931年)

前の年号のエンギがよかったので、その延長。 うん、自分でも書いてて意味がよくわからない。

 

36. 承平(931-938年)

この時は朱雀天皇(すざくてんのう)が在位。

朱雀天皇、名前がかっこいいから中学生のころに二番目に好きだったの覚えてる。(一番好きなのは後醍醐天皇)

 

37. 天慶(938-947年)

途中から朱雀天皇から村上天皇に。 村上天皇を授業で習った直後、クラスの村上くんのあだ名が「天皇」になるのはあるあるだと思う。

 

38. 天暦(947-957年)

そういえば「天」が年号の頭文字につくことけっこう多いな。 数えてみたら平成までに全部で27回あった。ここテストに出ません。

 

39. 天徳(957-961年)

縁起良さそうな名前だけど、飢饉とか米価格高騰とかでいろいろ大変だった。

 

40. 応和(961-964年)

皇居で火災があったので改元。 縁起悪いからね。

 

41. 康保(964-968年)

あのさぁ……。

 

42. 安和(968-970年)

ひとつ言っていい?

 

43. 天禄(970-974年)

このあたり、これといった出来事がほとんどない。

(歴史に詳しい方、もし何かあったら教えてください)

 

44. 天延(974-976年)

こんな記事書いてるけど、ボクぜんぜん日本史詳しくないんだよね。

 

45. 貞元(976-978年)

なんなら高校の時、日本史の成績は10段階評価で2だったし。

 

46. 天元(978-983年)

10段階評価で2って、実質「1(赤点)」だからね?

 

47. 永観(983-985年)

そんなやつが「日本の年号(元号)」をぜんぶ振り返るって無理があるのでは?

日本史の知識がないから、ぜんぜん深い話ができない。

 

48. 寛和(985-987年)

ちなみに世界史も苦手。 歴史全般の暗記系がどうしてもできなかった……。

ただ、世界史に出てきた「フリードリヒ2世」って名前だけはなんか好きでよく覚えている。 何やった人かは知らない。

 

49. 永延(987-989年)

永延(えいえん)って名前なのに、2年しかもってない。

 

50. 永祚(989-990年)

さっきから短命な年号多すぎない?

西暦4桁を目前に息切れしかけている。

 

51. 正暦(990-995年)

おっ。 5年もった。

ちなみにこのあたりで改元が多いのは、彗星接近や台風、地震などの天変地異が重なりまくったため。

昔の人は悪いことが重なると改元しがち。環境が変われば新しい何かが見つかると思ってる女子大生とだいたい同じ。

 

52. 長徳(995-999年)

いよいよ西暦1000年も目前! このときもまた地震や天災、政治抗争でいろいろあって改元したらしい。

そういや西暦999年の時も、ノストラダムスの大予言的なサムシングがあったのだろうか。 ……いや、そもそも当時の日本に西暦の概念はなかったか。

 

53. 長保(999-1004年)

ついに西暦1000年を超え、4桁台に突入〜!

4桁でも相変わらず、天災がガンガン起こってたそうな。

 

54. 寛弘(1004-1013年)

このあたりで紫式部、和泉式部、赤染衛門などの歴史的に有名な作家が多数輩出されたらしい。

西暦4桁超えてやっと盛り上がってきたぞー!

 

55. 長和(1013-1017年)

改元する際、次の年号をなんという名前にするかでちょっとモメたらしい。

ちなみに「○和」といった名前の年号は現在までに19回採用されている。 先述した「天」と「和」は年号に人気の文字だ(※ちなみに16-81-1684年には「天和」という年号がある)。

 

56. 寛仁(1017-1021年)

各地で満州民族から襲撃を受けたそうな。 寛仁(かんにん)やでっ!!

……すいません今のはナシで。

 

57. 治安(1021-1024年)

「ちあん」ではなく「ぢあん」。

前の年号が治安悪かったしね。

 

58. 万寿(1024-1028年)

今更だけど、平安時代って長くね?

 

59. 長元(1028-1037年)

ここまでで、まだ平安時代の半分くらいなんだぜ……?

 

60. 長暦(1037-1040年)

長ぇ……長ぇょ……。

 

61. 長久(1040-1044年)

この企画記事書きはじめたの、内心けっこう後悔している。

 

62. 寛徳(1044-1046年)

しかし今更やめられない。ここでやめたら、このクリスマス前の3連休にやることがなくなってしまう。

 

63. 永承(1046-1053年)

「永承魔法 第3番 破空の壊 -ブロウクン・スカイ-!!!」って唱えたくなるような年号。 永承はぜったい強い。

 

64. 天喜(1053-1058年)

天が喜ぶ。 これは光属性の魔法だね。

 

65. 康平(1058-1065年)

これは康平くん。

 

66. 治暦(1065-1069年)

これはとくになし。

 

67. 延久(1069-1074年)

後三条天皇即位による改元。

実はちょっと前から「後一条天皇」「後朱雀天皇」「後冷泉天皇」など、後○○天皇シリーズが続いている。

 

68. 承保(1074-1077年)

白河天皇即位。

 

69. 承暦(1077-1081年)

ふぅ。

 

70. 永保(1081-1084年)

疲れてきた……。

なお、これを書いている現在は12月22日の午前4時である。 ここまでで5時間くらいかかってしまっている。 眠い……。

 

71. 応徳(1084-1087年)

平安時代終わるまでは今日中に書き上げようと思ったが、平安時代マジで長すぎだろ。

はやく1192作ってくれよ鎌倉幕府……。

 

72. 寛治(1087-1095年)

かんじ。

 

73. 嘉保(1095-1097年)

かほう。 田楽が流行って、2年後廃れた。

 

74. 永長(1097-1097年)

えいちょう。 天平感宝(749-749年)以来、久しぶりに1年もたない年号がここにきて登場。 名前は長生きそうなのに……。

 

75. 承徳(1097-1099年)

じょうとく、またはしょうとく。 地震があったから改元。

 

76. 康和(1099-1104年)

こうわ。 地震や疫病で改元。

平安初期までは良いことがあったときに改元してたのに、この辺りは基本悪いことがあった時か天皇交代のときにしか改元してない……。世知辛い世の中だね。

 

77. 長治(1104-1106年)

ちょうじ。 眠い。

 

78. 嘉承(1106-1108年)

かしょう、またはかじょう。 彗星近づいたから改元。 彗星原因で改元することちょいちょいあるね。

 

79. 天仁(1108-1110年)

てんにん。 ねむい。 浅間山噴火。

 

80. 天永(1110-1113年)

てんえい。 ねむ。 彗星接近。

 

81. 永久(1113-1118年)

えいきゅう。 永久だけど5年間のみ。

 

82. 元永(1118-1120年)

げんえい。 飢饉がやばすぎて京中の道路に餓死者がゴロゴロ転がっていたらしい。

 

83. 保安(1120-1124年)

天変、厄運による改元。 不幸続きだな……。

 

84. 天治(1024-1026年)

ねむ。

 

85. 大治(1126-1131年)

zzzz……(崇徳天皇即位)。

 

86. 天承(1131-1132年)

zzzz……(猛暑などによる改元)。

 

87. 長承(1132-1135年)

zzzz……(飢饉やばみ)。

 

88. 保延(1135-1141年)

zzzz……(飢饉、疾病、洪水による改元)

 

89. 永治(1141-1142年)

zzzz……鎌倉時代まだぁ……。

 

90. 康治(1142-1144年)

zzzz……(近衛天皇が即位)。

 

91. 天養(1144-1145年)

zzzz……寿司食べたい……。

 

92. 久安(1145-1151年)

zzzz……(彗星出現による改元)。

 

93. 仁平(1151-1154年)

zzzz……(彗星出現による改元。彗星ですぎワロタ)。

 

94. 久寿(1154-1156年)

zzzz……(本当は「天保」になる予定だったが、当時の左大臣である藤原頼長が「縁起悪いからヤダ」って反対したので、代わりに「久寿」が採用された。ちなみに「天保」は1831-1845年の年号に採用されており、天保の大飢饉などの大きな厄災が起こっている。やっぱり縁起悪かったせい?)。

 

95. 保元(1156-1159年)

zzzz……(「保元の乱」で有名な、あの保元)。

 

96. 平治(1159-1160年)

zzzz……(「平治の乱」で有名な、あの平治。知ってる名前が出てきてちょっと嬉しい)。

 

97. 永暦(1160-1161年)

zzzz……リア充爆発しろ……。

 

98. 応保(1161-1163年)

zzzz……(天然痘の流行による改元)。

 

99. 長寛(1163-1165年)

zzzz……(京都の三十三間堂が完成)。

 

100. 永万(1165-1166年)

zzzz……(天災、怪異、疾疫などによる改元。ちなみに100個目の年号である(年号がない時期含む))。

 

101. 仁安(1166-1169年)

zzzz……(平清盛が太政大臣になって3ヶ月後に辞任した)。

 

102. 嘉応(1169-1171年)

zzzz……(高倉天皇即位)。

 

103. 承安 (1171-1175年)

zzzz……(浄土宗が爆誕)。

 

104. 安元(1175-1177年)

zzzz……ぐすっ……。

 

105. 治承(1177-1181年)

zzzz……(平清盛がいろいろやって亡くなった)。

 

106. 養和(1181-1182年)

zzzz……(全国ですさまじい飢饉)。

 

107. 寿永(1182-1184年)

zzzz……(源氏と平家がめっちゃ争ってた。源氏方は「養和」「寿永」の年号を認めず、1177年からしばらく「治承」の年号を使っていた。政治交渉の結果、1183年以降は同じ年号を使うようになった)。

 

108. 元暦(1184-1185年)

zzzz……はっ! 平安時代ラスト年号だあああああああ!!!

元暦2年(1185年)の壇ノ浦の戦いで平家が滅亡し、そこからいわゆる「鎌倉時代」が開始した。

平安時代、やっと終わった……! 長かったよ……! おやすみ……!!

 

Ⅳ:鎌倉時代

おはようございます。12月23日、午後1時です。

平安時代を書ききった満足感からか、昨日はほとんどゲームかYouTubeしかしてなかった。『ぶきあつめ』ってゲームがめっちゃ面白い。

鎌倉時代は、幕府が鎌倉(神奈川県)に置かれている時代。 平安時代ほど年号の種類は多くないと聞いているので、パパッと終わらせよう!(パパッと終わらせられるとは言っていない)

 

109. 文治(1185-1190年)

鎌倉時代一発目は、地震または戦乱による改元。

地震の改元、意外と多いね。

 

110. 建久(1190-1199年)

このあたりで源頼朝が征夷大将軍になって鎌倉幕府を開く。

鎌倉幕府開いたときからが鎌倉時代、ってわけじゃないのね。

 

111. 正治(1199-1201年)

正治元年、源頼朝が急死。

さっき鎌倉幕府開いたばっかやん……。

 

112. 建仁(1201-1204年)

建仁2年、源頼家が2代目将軍に就任した1年後、なんやかんやあって源実朝が12歳の若さで3代目将軍に就任。

源家、ゴタゴタしてるなぁ〜。

 

113. 元久(1204-1206年)

『新古今和歌集』爆誕。

 

114. 建永(1206-1207年)

念仏が禁止され、親鸞と法然が地方へ流される。

宗教の自由がなかった時代なのね。

 

115. 承元(1207-1211年)

詳しいことは不明だが、なんかよくないことがあったので改元。

 

116. 建暦(1211-1213年)

『方丈記』爆誕。

なお、1214年で改元された説も多くある。800年以上前のことだし、こういうことは結構ある。

 

117. 建保(1213-1219年)

源実朝、弟の公暁に暗殺される。

おお……こういうの時代劇としてドラマ化されそうだなぁ……。

 

118. 承久(1219-1222年)

承久の乱で有名な年号!

 

119. 貞応(1222-1224年)

後堀河天皇即位による改元。

 

120. 元仁(1224-1225年)

災害的なサムシングで改元。

 

121. 嘉禄(1225-1227年)

この年号について、藤原定家が「”嘉禄(かろく)”は”軽く(かろく)”に通じる」として不満の意を評している。

こんなダジャレみたいなことで不快感を表す人が、昔はけっこういたみたい(現代でもいるかもだけど)。

 

122. 安貞(1227-1229年)

災害や飢饉により改元。

 

123. 寛喜(1229-1232年)

またもや天災・飢饉による改元。

年号名にはそんな辛い状況から脱したいという思いが窺われる。

 

124. 貞永(1232-1233年)

日本最初の武家法『御成敗式目』制定。なんか名前が好きなのでよく覚えている。

 

125. 天福(1233-1234年)

”福”という字を使うと大乱が起こる」といういわれがあり、当時は「天福」への改元に反対意見もあったらしい。

縁起良さそうな字なのに……。

 

126. 文暦(1234-1235年)

天変・地震による改元。

やっぱ「天福」はダメだった……?

 

127. 嘉禎(1235-1238年)

地震頻発のため改元。

 

128. 暦仁(1238-1239年)

「りゃくにん」という読みが、「暦仁=略人、つまり”人を略す”、この世から人がいなくなるから縁起悪いしやべぇ」という理由で、すぐに年号が変えられたといういわれがある。

難癖つけすぎでは?

 

129. 延応(1239-1240年)

で、暦仁から改元されたのがこちらの延応。

しかし改元後、いろいろな災害に見舞われ、延応も長生きしなかった。

 

130. 仁治(1240-1243年)

平和。ゆえに特に話題が特になし。

 

131. 寛元(1243-1247年)

後嵯峨天皇即位による改元。

 

132. 宝治(1247-1249年)

後深草天皇即位による改元。

 

133. 建長(1249-1256年)

天災・猛暑による改元。

 

134. 康元(1256-1257年)

流行病による改元。

 

135. 正嘉(1257-1259年)

えらいひとの建物が相次いで火災にあったため改元。ここのところロクなことがないな。

……鎌倉時代も長いなぁ。疲れてきた。

 

136. 正元(1259-1260年)

焼きプリン食べたい。

 

137. 文応(1260-1261年)

1,2年でコロコロ年号変わるのやめちくり〜〜!

 

138. 弘長(1261-1264年)

メロン食べたい。

 

139. 文永(1264-1275年)

久しぶりの10年選手の年号!

モンゴルから元寇がやってきたことで有名(文永の役)。

 

140. 建治(1275-1278年)

元寇に備えて九州探題を設置。

 

141. 弘安(1278-1787年)

約15万人、約4400の軍艦による、前回よりやばい数の元寇が襲来(弘安の役)。

当時としては世界最大規模だったとのこと。

 

142. 正応(1288-1293年)

鎌倉大地震。

 

143. 永仁(1293-1299年)

が、あったので改元。

 

144. 正安(1299-1302年)

1300年突破! あと700年と少し!

……先は長い。

 

145. 乾元(1302-1303年)

後二条天皇即位による改元。

 

146. 嘉元(1303-1306年)

彗星接近と日照りによる改元。

 

147. 徳治(1306-1308年)

災害による改元。

 

148. 延慶(1308-1311年)

花園天皇即位による改元。

ちなみに延慶の読みは「えんぎょう」。難読年号だね。

 

149. 応長(1311-1312年)

流行病のため改元。

 

150. 正和(1312-1317年)

ショウワ。昭和と同じ読みの年号。

ちなみに残念ながら「ヘイセイ」は平成以外には存在しないぞ。

 

151. 文保(1317-1319年)

大地震による改元。

そしていよいよ……

 

152. 元応(1319-1321年)

後醍醐天皇即位による改元!!! ゴダイゴ!!!後醍醐天皇!!!!

小・中学生が選ぶ「好きな天皇の名前ランキング第1位(筆者調べ)」でおなじみの後醍醐天皇がここにきて即位!!!! めでたい!!!!!(?)

 

153. 元亨(1321-1324年)

ちなみにゴダイゴ天皇は鎌倉時代最後の天皇。ラストエンペラー。

さすがボクらの後醍醐天皇、かっこいい。

 

154. 正中(1324-1326年)

しかも後醍醐天皇は1318〜1339年の約20年間も在位している。

当時としてはわりと長めの在位である。

 

155. 嘉暦(1326-1329年)

さらにいうと、後醍醐天皇は9つの元号と鎌倉時代・南北朝時代の2つの時代をまたいでいる。

時代をまたにかける漢、それが後醍醐天皇。

 

156. 元徳(1329-1331年:大覚寺統)(1329-1332年:持明院統)

……さて、この元徳あたりから年号というものが混迷を極めはじめる。

というのも、後醍醐天皇側(大覚寺統→南朝)と足利尊氏側(持明院統→北朝)で、この先しばらく年号が分裂するのだ。

すごく面倒で気乗りがしないのだが、次からは南北朝時代へ突入。しばしお付き合いくだされ。

 

Ⅴ-1:南北朝・室町時代(大覚寺統→南朝)

はい、ここから大覚寺統→南朝側と持明院統→北朝側がくっついたり離れたりしながらカオスな状況になっていくわけだが、そんなことよりも今これを12月24日の午前3時に書いている。

ふざけんな、何が楽しくてこんなクソ面倒な時代をクリスマスイブに振り返らなきゃいけんのだ。こちとらさっきまで鶏肉食ってストロングゼロあおってヘロヘロ状態なのだよ。もちろん一人で、だ。

あああああああ眠い!ストロングゼロ飲んだせいで死ぬほど眠い!人肌恋しい!

とっとと終わらせるぞこんなもん!!まずは南朝側からだ!!

 

157. 元弘(1331-1334年)

後醍醐天皇が年号を「元弘」に変えるものの、幕府側はそれを認めていなかった。

詳細はカオスすぎるのでカット。

 

158. 建武(1334-1336年)

ここで後醍醐天皇がいったん幕府側と仲直りして同じ元号を使い始めるも、鎌倉幕府が滅亡して吉野へ逃亡。吉野朝廷(南朝)を立ち上げる。

 

159. 延元(1336-1340年)

ここからしばらくは南朝独自の年号を使い始める。

ちなみにこのあたりで後醍醐天皇崩御。

 

160. 興国(1340-1346年)

興国は初代天皇・神武天皇の即位2000年記念でつけられた年号という説がある。

天皇って、紀元前660年あたりからいたのか……ぜんぜん知らなかった。日本の歴史すごい(小並感)。

 

161. 正平(1346-1370)

24年間という、歴代で6番目に長い年号。

ショウヘイヘーイ!

 

162. 建徳(1370-1372年)

正平とうってかわって、2年しかもってない。

いろいろ北朝側との戦乱があったらしい。

 

163. 文中(1372-1375年)

戦乱があった。

 

164. 天授(1375-1381年)

戦乱が(略

 

165. 弘和(1381-1384年)

戦。

 

166. 元中(1384-1392年)

末年、南朝の後亀山天皇が譲位し、北朝が三種の神器を接収。

南北朝が統一された。

 

Ⅴ-2:南北朝・室町時代(持明院統→北朝)

はい、続いて北朝側を見ていくよ。ええ。眠い。

北朝側の後醍醐天皇とは別に、南朝は光厳天皇を擁立したそうな。

ダブル天皇時代。

 

167. 正慶(1332-1333年)

たった一年しかない年号なのだが、というのも後醍醐天皇が帰ってきて鎌倉幕府が滅亡しちゃったのですぐ年号が終わっちゃったのだ。

おまけに光厳天皇の即位も無効。光厳天皇のとばっちり感がかわいそうすぎる……。

 

168. 建武(1334-1338年)

先ほどもあげた建武だが、北朝では1338年まで使われた。

なお、この辺で室町幕府が成立したとされる。

ちなみに光厳天皇の即位は無効になったわけだが、その後は皇室の長の座に就き、実質的な政権を握っていたらしい。THE・したたか。

 

169. 暦応(1338-1342年)

なんやかんやあった。

 

170. 康永(1342-1345年)

なんやかんやー。

 

171. 貞和(1345-1350年)

承和(834-848)と同じ読みの元号。読みがカブるのはもうしょうがない。

 

172. 観応(1350-1352年)

このあたりから倭寇(海賊)が現れ始める。

ひとつなぎの大秘宝を求めて!

 

173. 文和(1352-1356年)

実は当時は天皇即位の翌年に改元されるというのが通例であったが、政治状況が緊迫化していたため、後光厳天皇即位1ヶ月後に改元された。

今みたいに新天皇即位後すぐに年号を変えるのは、かなり珍しかったようだ。

 

174. 延文(1356-1361年)

戦乱てんやわんや。

 

175. 康安(1361-1362年)

わんやわんや。

 

176. 貞治(1362-1368年)

えんやこんや。

 

177. 応安(1368-1375年)

っぺーい!

 

178. 永和(1375-1379年)

っぺぺい!

 

179. 康暦(1379-1381年)

ふんもっふ!

 

180. 永徳(1381-1384年)

(眠すぎて精神がやられています。ご了承ください)

 

181. 至徳(1384-1387年)

永徳と至徳で、徳がダブってしまった。……なるほど、この店は徳で十分なんだな。(ゴローちゃん風

 

182. 嘉慶(1387-1389年)

かきょう。「慶」を「きょう」と読むのは年号あるあるだということを、この記事を書いてて学んだ。

 

183. 康応(1389-1390年)

えらい人が相次いで病死したため改元。

 

184. 明徳(1390-1394年)

先述したとおり、末年に南北朝が統一。

やっとカオスな状況に一区切り。

 

Ⅵ:南北朝・室町時代(南北朝統一後)

ここからしばらくは比較的平和な時代。

足利氏による武家政権の室町幕府だが、これは後の戦国時代の序章に過ぎなかったーーー。

 

185. 応永(1394-1428年)

昭和、明治に次いで三番目に長い年号。

また、応永10〜22年までは戦乱も途絶え、めちゃめちゃ平和だったそうな。

今でこそ戦乱なんて日本で起こってないが、昔は戦乱がデフォだったから……いまの平成の世は本当に恵まれているんだなと実感。

 

186. 正長(1428-1429年)

そしてこの、長生きな年号の直後に短命な年号がくるのはなんなのですかね?

正平(24年)→建徳(2年)もそうだったけど。

 

187. 永享(1429-1441年)

おっ、12年。盛り返したね。

あと『新続古今和歌集』が誕生。もう超スーパーウルトラハイパービームみたいなわけわからん名前になってきてるな。

 

188. 嘉吉(1441-1444年)

三種の神器が盗まれる。

 

189. 文安(1444-1449年)

文安6年に足利義成が征夷大将軍に就任するまで、しばらく将軍不在の空白期間があった。

 

190. 宝徳(1449-1452年)

めっちゃ縁起良さそうな年号だが改元理由は不明。

 

191. 享徳(1452-1455年)

宝徳と享徳で、徳がダブ(以下略

 

192. 康正(1455-1457年)

江戸城、爆誕。

現在の皇居であり、日本国内で唯一現役の城である。

 

193. 長禄(1457-1460年)

三種の神器、奪還する。

 

194. 寛正(1460-1466年)

やっべぇ飢饉が起こる。

 

195. 文正(1466-1467年)

南北朝・室町時代ラスト。

つづく応仁の乱より、血飛沫絶えない乱世の火蓋が切られる……。

 

Ⅶ:戦国時代

乱世じゃ乱世じゃー!!!

戦国時代は書くネタがいっぱいありそうで若干憂鬱だが、年号メインでダイジェストでお届けします(これまでもずっとダイジェストだったけど)

 

196. 応仁(1467-1469年)

約11年続く全国規模の内乱である「応仁の乱」が開幕。

室町幕府の家督争いから、細川・山名の勢力争い、足利義政の世継ぎ争いまでさまざまな内乱がカオスなことになり、主戦場の京都が壊滅的な被害を受けた。乱世だ……。

 

197. 文明(1469-1487年)

応仁の乱が収束後、ちょっと落ち着く。

 

198. 長享(1487-1489年)

幕府側の準備不足のため、改元後しばらくは「文明」の年号のままだったとか。

 

199. 延徳(1489-1492年)

いろんな人が討ち死に・自死した。

 

200. 明応(1492-1451年)

大地震により、浜名湖が海とつながる。

地理が変わった……!

 

201. 文亀(1501-1504年)

後柏原天皇即位による改元。

 

202. 永正(1504-1521年)

17年選手。永正の乱をはじめ、乱世的な出来事が多発した。

戦国時代は長生きな年号が多くて助かる……!

 

203. 大永(1521-1528年)

はいはい乱世乱世。

 

204. 享禄(1528-1532年)

らんせっせ!

 

205. 天文(1532-1555年)

天文12年、ポルトガルから鉄砲が伝来

天文18年、みんな大好き・フランシスコザビエルが来日

あとこの辺から織田信長がその名を伸ばし始める。

盛り上がってきたぞッ!

 

206. 弘治(1555-1558年)

武田信玄と上杉謙信の軍勢が衝突(第三次川中島の戦い)。

知ってる名前!

 

207. 永禄(1558-1570年)

永禄への改元について、当時の将軍・足利義輝が改元の事実を知らされていなかったことに激怒し挙兵。全国的にも「永禄」を使う派と、一つ前の「弘治」を使い続ける派で大きくわかれた。

あと永禄元年から木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が織田信長に仕えはじめる。

そのほかにも桶狭間の戦いをはじめとした時代を動かす大きな戦乱が数々巻き起こっており、永禄は日本史史上において重要な年号だったといえる。

 

208. 元亀(1570-1573年)

げんき!ちなみにこの元号に対し、織田信長は「天皇の在位が続いているのに改元する必要ない」と反対している。

その後、室町幕府15代将軍の足利義昭は織田信長を討とうとしたが、逆に織田信長に追い払われ室町幕府は滅亡した。

ここから安土桃山時代が幕を開ける。

 

Ⅷ:安土桃山時代

安土桃山時代は織田信長と豊臣秀吉の時代といっても過言ではないが、結論からいうと年号はたったの3つしかない。

トピックは色々あるが、サクッと終わらしてしまおう。

 

209. 天正(1573-1592年)

織田軍vs武田軍の長篠の戦いや、織田信長が自害した本能寺の変、豊臣秀吉が関白就任など、時代が大きく変わった年号。

 

210. 文禄(1593-1596年)

豊臣政権最初の改元。

なお、改元理由は後陽成天皇即位による改元とされるが、即位後6年経ってからの改元と、かなり遅れてのものだった。

 

211. 慶長(1596-1615年)

慶長3年、豊臣秀吉が病死。

慶長5年、関ヶ原の戦い。

慶長8年、江戸幕府が爆誕。

慶長20年、大阪城が落城し豊臣氏滅亡。

時代が変わりすぎで盛りだくさんな年号で安土・桃山時代は幕を下ろした。

あと浅間山がめっちゃ噴火してた。

 

Ⅸ:江戸時代

さあ、ラストスパートだ。なお、現在12月24日の午前9時だ。夜通し書いてるからクソ眠いぞ(途中YouTubeでゲーム実況観てたけど)。

江戸時代は250年以上続く、時代劇でよく出てきがちな時代だ。

年号は35個とかなり多めだが、ここを乗り切ればあとは「近代」だけだ。頑張るぞい……!

 

212. 元和(1615-1624年)

武家諸法度制定。

あと元和2年に徳川家康が亡くなっている。

 

213. 寛永(1624-1644年)

「寛容で広い世の中がいつまでも続くようにしてほしい」との願いを込めて、寛永と名付けられた。

そして寛永通宝が作られ、幕末まで広く使われる通貨となった。

22年も続いてるし、年号名と実態が一致した珍しい例かもしれない。

 

214. 正保(1644-1648年)

この「正保」という年号だが、「”焼亡”と読みが似ていて縁起悪い」「””という字が”一にして止まる”と読めるので縁起悪い」「”正保元年”と書くと、過去に大乱があった”保元”が中に入ってて縁起が悪い」とめちゃめちゃに評判が悪かったため、4年で改元されることとなった。

だから難癖つけすぎでは?

 

215. 慶安(1648-1652年)

「どんな時も友と仲良くし、助け合えば吉である」という意味があるらしい。

こっちは評判よかった。

 

216. 承応(1652-1655年)

徳川家綱が将軍に就任したために改元したと噂される。

江戸の水道インフラに大きく貢献した玉川上水が完成したのもこのあたり。

 

217. 明暦(1655-1658年)

大火事があった(明暦の大火)。

 

218. 万治(1658-1661年)

まんじ!まじ卍。

ちなみに万治でも大火事があった。まじまんじ……。

 

219. 寛文(1661-1673年)

地震、噴火、火事多数。

ま、まじまんじ……。

 

220. 延宝(1673-1681年)

クソほど地震起こる。人災は少ないけど、天災多いなー。

 

221. 天和(1681-1684年)

大火事発生(天和の大火)。

この大火事の時に、八百屋のお七が寺の小姓と恋仲になり、「もう一度火事を起こせばまた小姓と会えるかもしれない」と考え自宅に放火した話は有名(八百屋お七)。

サイコパス診断でよくある「葬式で出会った女性にまた会うために人殺しする」ってやつの元ネタとも考えられる。

 

222. 貞享(1684-1688年)

年号を変える時に、「文長」と「天明」どちらかにするかで揉めたが、なんやかんやあり選考で落選していた「貞享」が採用された。(ちなみに「天明」は1781-1789年に採用されている)

 

223. 元禄(1688-1704年)

年号を変える時に、「宝永」と「寛禄」どちらかにするかで揉めたが、なんやかんやあり選考で落選していた「元禄」が採用された。またかよ。

ちなみに元禄は松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅に出たり、近松門左衛門の『曽根崎心中』が初公演されたりなど、文化が発展した年号でもある。

忠臣蔵として有名な赤穂事件もこの元禄。

 

224. 宝永(1704-1711年)

改元で揉めに揉めた結果、元禄の時に候補となっていた「宝永」が採用された。この辺り、年号で揉めすぎである。

現在のところ最後となっている富士山の噴火は宝永で発生した。ちなみに桜島や浅間山、阿蘇山なども噴火している。

 

225. 正徳(1711-1716年)

ここでも年号でちょっと揉めたが、これまでよりはわりとあっさり決まった。

 

226. 享保(1716-1736年)

20年選手。

享保の大飢饉で有名。最大100万人の餓死者を出し、250万人が飢えに苦しんだという。今の世から考えると想像できないレベルだ……。

 

227. 元文(1736-1741年)

鳥取藩にて元文一揆が発生。5万人が参加し、藩制史上最大の百姓一揆となった。

 

228. 寛保(1741-1744年)

洪水被害やべぇ。

 

229. 延享(1744-1748年)

「えんきょう」という年号は、過去にも延慶(1308-1311年)があったが、とくに深い関係はなくたまたまである。

 

230. 寛延(1748-1751年)

改元のタイミングが前将軍徳川家継の33回忌法要当日とダブルブッキングしたため揉めた。結局、予定の2ヶ月後に改元。

 

231. 宝暦(1751-1764年)

一揆が多発。

 

232. 明和(1764-1772年)

明和9年、大火事が発生(明和の大火)。この年は災害が相次いで起こり、「明和9年は”迷惑年”(めいわくねん)」などと言われた。ダジャレじゃねえか。

 

233. 安永(1772-1781年)

杉田玄白が『解体新書』を発行。肖像画、しわくちゃでめっちゃ好きだったなあ。

 

234. 天明(1781-1789年)

天明には「夜明け」の意味があるらしい。かっこいいから今度から夜明けのことは「天明」と呼ぼう。

なお、年号のほうの天明は大飢饉で大変だった(天明の大飢饉)。

 

235. 寛政(1789-1801年)

寛政の改革で有名。何をやったかはよく知らない。

あと伊能忠敬が蝦夷地の測量とかをはじめてた。

 

236. 享和(1801-1804年)

この改元はとくに揉めることもなく平和に行われたらしい。

ちなみに十干 ・ 十二支で辛酉と甲子にあたる年(いずれも60年おきに1回)は改元する習わしが平安時代からある。1801年は辛酉にあたる。

……という事実をここまで書いて初めて知った。何もかもが遅い。

 

237. 文化(1804-1818年)

この上なく身近な名前の年号。

イギリスやロシアなど、外国とのやりとりがいろいろあった年号。文明開化の音が近づく。

 

238. 文政(1818-1830年)

ドイツの医学・博物学者であるシーボルトが来日。シーボルトの影響力は大きく、台風の名前に「シーボルト」と名付けられることもあった。ちなみにシーボルト台風は死者19,000人を出すほどのものすごい猛威を振るった。

 

239. 天保(1830-1844年)

久寿(1154-1156年)の時にも候補となった年号。

当時、藤原頼長が「縁起悪いからヤダ」と言ったとおり、天保の大飢饉で100万人超の死者を出したほか、大塩平八郎の乱などの大合戦も発生した。

縁起悪かったか、天保……。

 

240. 弘化(1844-1848年)

天文学が発達し、海王星を見つけたりしたらしい。

それ以外は平穏。とくになし。

 

241. 嘉永(1848-1854年)

実は年号候補に「明治」などもあったが、幕府側の強い意向もあり「嘉永」が選ばれた。

嘉永にはアメリカからペリー率いる例の黒船が来日し、日米和親条約を結ばされたりといろいろ激動の年号だった。

 

242. 安政(1854-1860年)

安政伊賀地震・安政東海地震・安政南海地震・豊予海峡地震など、大きめの自身が安政7年に同時多発的に発生した。

あと安政の大獄とか桜田門外の変とかも起こった。日本史詳しくないので何がどうなったかなどの詳細は知らん。

 

243. 万延(1860-1861年)

久しぶりの1年選手。江戸城火災や桜田門外の変などの災厄により改元。

1年しかないのでとくに語ることがない。

 

244. 文久(1861-1864年)

ロシアが対馬を占領したり、横浜にイギリスとフランスが駐屯したり。海外勢力となんやかんやあった年号。

 

245. 元治(1864-1865年)

あ、また1年選手。

新撰組で有名な池田屋事件が発生。幕末っぽくなってきましたね。

 

246. 慶応(1865-1868年)

ついに江戸時代ラスト!

大政奉還が行われ、王政復古の大号令、明治維新へと続く。

あと年号名をとって慶應義塾が爆誕。のちに例の大学となる。

 

Ⅹ:近代

ついに……ついにここまできた……!

近代だからって、別に詳しく書く気は一切ない。今までのノリでちゃっと書き上げるぞ!

 

247. 明治(1868-1912年)

いきなり40年オーバーの年号がきてちょっとビックリしちゃったよもう。

明治以降は一人の天皇につきひとつの年号になった(一世一元の制)。

日清戦争や日露戦争など、外国との大戦が一気に増えた年号である。

 

248. 大正(1912-1926年)

第一次世界大戦。

コーシー(コーヒー)などの外国の文化が一気に流入し、文化レベルが劇的に変化していった。

 

249. 昭和(1926-1989年)

日本史史上、最も長い年号。

また、歴史上最も大きな戦争である第二次世界大戦が勃発。そして戦後は家電やインフラ、芸能が進化し、まさに「近代」と呼ぶにふさわしい変容を遂げた。

 

250. 平成(1989-2019年)

インターネットのインフラが成立し、情報通信技術が躍進を遂げる。

また、阪神・淡路大震災や東日本大地震など、大きな地震に見舞われた年号でもあった。

 

251. ??(2019年-)

そして未来に続くーーー。

 

「平成の次の年号」を予想してみた

以上、250の年号を振り返ってみた。(年号がなかった年や、年号がダブってた年を除けば247)

クッソ長かった……だが達成感がエグい。すごいじゃなくて、エグい。そしてクリスマスイブになんでこんなことやってるんだボクは。(現在12月24日 午後6時)

 

また、こうやって年号を全部まとめてみると、自分たちのよく知っている明治以降がどれだけちっぽけで、単なる日本の歴史の一部であるかを強く実感した。

平成とか、2行で終わったからね。

 

……さて、ここまでは序章だ。

平成最後の冬を迎えているみんなが一番気になっているのは、やはり「次の年号」だろう。

 

年号をぜんぶ振り返ってみて分かったことだが、年号は意外なほど同じ漢字が繰り返し使われている。

というわけで、これまで年号で使われてきた漢字の統計をとり、その傾向から次の年号を予想してみたいと思う。

 

ステップ1:年号で使われやすい漢字を洗い出す

統計とったよ

▲頑張って統計取った

ほい、250の年号の漢字をすべて洗い出した。(まとめたものはこちら

そして結果は以下のとおりである。

 

年号漢字ランキング

▲年号で使われた漢字ランキング

」という字が29回で1位、「」「」という字が27回で同率2位だった。

4位以降は大きく離して「治(21回)」「応(20回)」「和・長・正・文(19回)」などが続く。

 

……というわけで、「永」「天」「元」あたりの漢字は年号に使われやすいため、来年の年号にもくる可能性が高いといえる。非常に安直ではあるが。

なお、「天元(978-983年)」「天永(1110-1113年)」「元永(1118-1120年)」はすでに過去に存在するため、漢字2字の年号と考えると「元天」「永天」「永元」あたりが有力候補になってくる。

 

ステップ2:年号の基準を満たすか調べる

いくら「元天」「永天」「永元」がよく使われる漢字で構成されたものだからといって、それらの語がそもそも年号として適するとは限らない。

 

年号採択にはいくつかの基準がある。

1979年に定められた元号法によると、年号採択について以下のようなルールがあるという。

  1. 国民の理想としてふさわしいようなよい意味を持つものであること。
  2. 漢字2字であること(3文字以上は不可。但し、749年から770年にかけては、漢字4文字の元号が使用されている)。
  3. 書きやすいこと。
  4. 読みやすいこと。
  5. これまでに元号又はおくり名として用いられたものでないこと(過去の元号の再使用は不可)。
  6. 俗用されているものでないこと(人名・地名・商品名・企業名等は不可)。

その他、明治(M)、大正(T)、昭和(S)、平成(H)とイニシャルが被らないことも大事だろう。

 

というわけで、「元天」「永天」「永元」についてそれぞれ調べていこう。

 

▲「元天」検索結果

▲「元天」検索結果

まずは「元天」の検索結果。

旨いたこ焼き屋さん(元天ねぎ蛸)情報がいっぱい出てきた。どうやら関東・四国・中国地方で展開するたこ焼き屋さんチェーンのようだ。ネギがたっぷり盛られているのが特徴。

……いや、そうではないのだ。もちろん「元天」が年号に選ばれたら元天ねぎ蛸さんは喜ぶだろうが、年号には俗用されている言葉は選ばれないというルールがある。「元天」はちょっと厳しいかもしれない。

 

▲「永天」検索結果

▲「永天」検索結果

つづいて「永天」の検索結果。

残念なことに、こちらは「ベトナムの属明期(明の統治期)に黎餓(揚龔と改名)が反乱を起こして建てた私年号(Wikipediaより)」として西暦1420年にすでに使われていた。

日本の元号ではないものの、中国の私年号として存在していた場合はちょっと厳しいかもしれない。外国を含め、年号には過去に使われたものを採用しないというルールがある。

 

▲「永天」検索結果

▲「永元」検索結果

最後に「永元」の検索結果。

こちらも残念ながら、「後漢の和帝劉肇の元号(89年 - 104年)(Wikipediaより)」にすでに存在していた。

ちなみに「永元(ながもと)」さんという苗字が全国で1000人くらいいるらしい。もっとも年号っぽい苗字のひとつ、それが永元さんだ。

 

……というわけで、「元天」「永天」「永元」は全滅してしまった。

仕方がないので、漢字上位3位以降の「治」「応」「和」「長」「正」「文」などとの組み合わせも考えていこう。

すると、以下のようなものが有力候補として上がった。

 

【候補1:永応(えいおう)】

「永応」は年号漢字ランキングで1位・5位の組み合わせ。

漢字2字で読み書きしやすく、過去に外国を含めて年号として使われていない。もちろん俗用もされていない。

たぶん意味的にも、なんか良い感じなんじゃないだろうか。「永遠に応援する」的な……??

イニシャルも「E」だし、いー感じ。

 

【候補2:応元(おうげん)】

「応元」は年号漢字ランキングで5位・3位の組み合わせ。

だいたい「永応」と同じような理由で、無難に選ばれそうな年号である。

金 応元という中国の有名な書画家がいるのが少しだけ気がかりである。

 

【候補3:治応(ちおう)】

「治応」は年号漢字ランキングで4位・5位の組み合わせ。

またしても上2つと同じ理由での選出だが、「治応」をイニシャルで書くときに「C」にするか「T」にするか迷う人が出るのではないか……?という懸念点がある。

 

【候補4:和天(わてん)】

「和天」は年号漢字ランキングで6位・2位の組み合わせ。

基準を満たしている上、なんとなく中二感あふれててカッコいい。あとひっくり返して「天和」にすると役満になる。

ただ、いくつかの飲食店で店名として使われているのが気になる。

 

まとめ

というわけで、いかがだっただろうか。

編集作業も含めると、12月30日までかかってしまった。

自分で書いといてなんだが、この記事を最初から最後まで真面目に読む人なんているのだろうか? 2万字超えてるぞ、コレ。

 

なお個人的には、次の年号にはなんとなくカッコいい「和天」を推したい。あと無難どころで「永応」。たぶん、今のお役所は炎上しにくい無難なのを求めているだろうし。

 

みんなも平成だけじゃなく、ぜひ年号をぜんぶ振り返ってみてほしい。

日本の歴史の長さ、そして平成のちっぽけさを実感してみてほしい。

 

日本の歴史は、まだまだこれからだ。

 

(おわり)

 

※※追記①(2019/02/16)※※

『次の元号を本気で予想する会』に、元号予想屋として登壇しました。どうしてこうなった。

次の元号を本気で予想する会

当日使用したスライドはこちら

 

※※追記②(2019/02/22)※※

デイリーポータルZの記事にちょっとだけ紹介されました。

新元号を本気で予想する(西村まさゆき)

 

※※追記③(2019/04/02)※※

で、次の元号予想の答え合わせがこちらです。結果はお察し()

「新しい元号を本気で予想する会」答え合わせ(西村まさゆき)

Profile

じきるう
じきるう編集長
クレスタ編集長。元々は大学院で真面目に研究者をしていたが、今ではムダなコンテンツを生成しながら河原で草を食んでいる。厨二病。
個人ブログ『じきるうの日

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