「古印体」という書体をご存知だろうか。
おそらく、誰もが一度は目にしたことがあるはずだ。
古印体は、もともとは「シャチハタフォント」と呼ばれるような、ハンコに使用するために作られた書体であった。
商業誌では『ドラゴンボール』のナレーションにて初めて使用され、異国感や緊迫感を表現する書体として活躍していた。
しかしゲーム『かまいたちの夜』のタイトルロゴに使用され始めたあたりから、古印体は一気にホラー色の強いフォントとして認識されるようになった。
今では古印体は、俗に「ホラーフォント」とも呼ばれており、恐怖を醸し出す書体として押しも押されもせぬ地位を築いている。
不意に古印体が目に入ると、そこから漂うおどろおどろしさに思わずビクッとする。
例えばこちら。とあるモツ焼き屋さんのメニューだ。
動揺のあまりピントも合っていないし、指がバッチリ写っている。しかしよく見ると、もつ焼きの説明がすべて古印体である。恐ろしすぎることこの上ない。
「豚の舌である。」
「肝臓である。」
「心臓である。」
背後からカニバリストの高笑いが聞こえてくる。
このお店のモツ焼きはとても美味しかったが、ヒタヒタとシリアルキラーに近寄られるような緊張感を感じずにはいられなかった。
上記の例はある意味で古印体のホラー感を極めて率直に表現しているが、同じ食べ物でもこれはどうだろう。
私はこのお菓子を見たとき、混乱した。
チーズ&チョコケーキの甘いほっこりイメージと、古印体のホラーなイメージがどうしたって交差しないのだ。
チーズ&チョコケーキと古印体は、数学でいうところの「ねじれの位置」だ。出会うはずのない二人が出会ってしまった。時空がゆがんでいる。
この二つの正反対な古印体に出会ってから、私は古印体の虜になった。どうやらこの書体から受けるイメージが、人によって全然異なるらしいと感じたからだ。
そして私の古印体ジャーニーは始まった。世にはびこる古印体を探して、その使用者が古印体にどのようなイメージを持っているのか思いを馳せる旅だ。さあ、みんなも古印体ジャーニーに出かけよう!
ホラーフォント(古印体)と旅に出よう
実は古印体は、食べ物に使われがちである。
もともと歴史を感じさせるハンコ用のフォントなので、「老舗感」を出したいときに使用されるようだ。古印体の始発駅はここである。
何となく漂ってくるホラー感は禁じ得ないが、古印体の由来を考えればフォントチョイスへ至る思考には納得できる。どちらも伝統と趣を感じる。
こちらは香港の点心レストランのメニューの表紙だ。こうして見ると、表意文字の力ってすごい。言葉の意味がひと目見ただけでダイレクトアタックしてくる。
ではこれはどうだろうか。
危うい雰囲気が出てくる。
「昔ながらの」なので、老舗感を出したかったのだろうが、スーパーの陳列棚でいきなり古印体が目に入ってくると、周りに並ぶ豆腐やコンニャク達と古印体とのギャップで思わず身構えてしまう。
フォントチョイスの気持ちはわかるが、我々は古印体をホラーフォントと認識してしまうため、違和感が生じるという例である。
これはどうだろうか。だいぶ雲行きが怪しい。甘い物と古印体のホラーなイメージとの間に乖離があるのだ。しかし「伝統」をアピールしたい気持ちはわからないでもない分、チーズ&チョコケーキよりも違和感のレベルは低く済んでいる。
ここからどんどん旅は佳境に入っていく。
始発を出発した古印体ジャーニーの次の駅はここだ。
先述のモツ焼き屋のメニューでも指摘したが、肉類と古印体が出会うと、フォントから受けるイメージは「老舗感」よりも「スプラッタ感」へと大きく方針転換する。
肉と古印体が出会った瞬間、己がフォントにどんなイメージを持っているのかという課題と直面するのだ。
やはり私にとっての古印体のイメージは、
歴史 <<<(越えられない壁)<<< ホラー
だということを実感させられる。
この旅は、図らずも自分の思考を客観化してとらえる機会を与えてくれる。
次の駅に行こう。
違和感サイレンが鳴り止まない。
野菜だし、スプラッタ感はない。生鮮食料品だし、歴史や老舗感をアピール、というのも違う。
古印体にどのようなイメージを持っていると、野菜に古印体を使おうという発想が出るのか。興味深くてたまらないのと同時に、その発想の出処が全く見えなくて混乱する。いま私がいる混乱の渦は、チョコチーズケーキのとき捕われたのと同じだ。
ほうれん草と古印体。チョコチーズケーキと古印体。接点もなく出会うはずがない二人が出会ってしまっている。マッチングアプリとか使って住んでる場所も職業も何もかも違う人と出会うのって、こんな気持ちなのかもしれない。
おわりに
今回ご紹介した写真は、私の古印体フォルダのうちほんの一部だ。
「古印体が気になる」といつも言っていると、友人たちが古印体の写真をたくさん送ってくれるようになる(ありがとうございます)ので、古印体写真が豊作になる。
あなたも、私と一緒に古印体ジャーニーに出かけてみませんか。よろしければ「#古印体写真」のタグをつけて、Twitterにぜひご投稿ください。
違和感を味わいながら、他者との感覚の差を通して自分の感覚を見つめ直す、面白い旅になりますよ。
(おわり)
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